| 文化
ニュージーランドの多文化社会は、世界中から移民がやってきた結果です。マオリ族から始まって、太平洋の民族、18世紀にはイギリス人がやってきました。さらに最近ではアジア・太平洋地域からの移民の数が増えています。原住民族であるマオリ族と初期のイギリス人入植者との間の関係がニュージーランドの経済、政治、また社会的構造の基本的原理を形作りました。
2つの言語と文化
マオリ族は、「tangata whenua」または「大地の民族」として知られていますが、彼らは非ヨーロッパ系のグループでは一番多い民族です。この2、30年間、ニつの文化を共生しようという政府の努力により、マオリの文化と言語が復活しました。つまり、1840年に結ばれたWaitangi条約の理念を実現したのです。
キウイ文化は、太平洋諸島やアジア圏からの移民から、豊かな文化的要素をいくつか取り入れてきました。週末のマーケットでアジアやポリネシアの食べ物をみかけることも珍しくありません。
ニュージーランドの公用語は英語とマオリ語ですが、そのほかにもヨーロッパ系やアフリカ系、
南アメリカ系など様々な民族がいます。複合文化は、キウイのファッションや、芸術、音楽に大きな影響を与えています。あなたのホストファミリーが典型的なキウイのように見えなかったとしても、彼らが流暢な英語を話す上に、その家が典型的なニュージーランドの家庭であることに気づかれるでしょう。
共生
様々なコミュニティーが平等な権利を与えられ、調和を保ちながらひとつの社会の中で生活しています。ここでは性別や人種、障害の有無による差別は法的に禁じられており、人権委員会と人種関連機関は、人権運動のもとに問題を調査しています。もし誰かの言動によって不快感を覚えたら、学校のスタッフにすぐに相談するとよいでしよう。彼らは健全な環境を提供するように委ねられていますし、あらゆる問題を処理するようトレーニングされています。
歴史
ニュージーランドの祖先は、ヨーロッパ人が到達する800年ほど前に、東ポリネシアから移り住んだ狩りや釣りをする人々であったと、考古学的には言われています。何人かの学者からモア族と呼ばれる彼らは、その後952年から1150年の間に大量に移り住みんできたポリネシア人たちと共に文化を築いてゆきました。彼らはたまたま嵐で吹き寄せられた漁師ではなく、航海用のカヌー(pahi)に植物や動物を乗せ、計画的に旅を進めてニュージーランドに辿り着いたのです。マオリ族の中には、彼らの新しい土を「Aotearoa」と呼ぶ人もおり、それは「長い白雲の土地」と訳されます。オークランド博物館にはマオリとポリネシアの素晴らしい文芸品を展示しています。
それらはヨーロッパの価値観が定着する前に、太平洋諸島ヘ移住しニュージーランドで生活をはじめた彼らの初期の価値観をよく示しています。
ニュージーランドの歴史にはじめて登場したヨーロッパ人はドイツの航海者アべル・タスマンで
す。1642年12月13日に南島の西海岸に到達した彼は、海岸線の一部分を測り、大陸と信じて、その国に Staten Land
という名前をつけました。後に間違いが発覚し、その国にはニュージーランドという新しい名前が付けられました。18世紀後半から19世紀初頭にかけて、ニュージーランドにおける材木採取や、アザラシ・くじら狩りがヨーロッパ移民を魅了しました。
1769年10月7日、イギリス人船長ジェームス・クックがこの国を訪れました。1840年に、イギ
リスはマオリ族の酋長とwaitangi条約を締結し、イギリス統治国家を設立ました。同年、イギ
リスから選ばれたグループが植民地統治を始めました。ヨーロッパ統治が広がるにつれ、マオリ族との対立が起こり、1860年代のマオリ戦争はその最たるものです。イギリスと統治勢力は次第にマオリ族の抵抗を押さえつけるようになりました。
議会制度は1850年代に発展し、1867年、マオリ族は議会でいくつかの議席を有する権利を獲得しました。この時期に畜産業が広まり、ニュージーランドの近代経済の基礎が形成されたのです。
19世紀の終わり頃、輸送機関が発達し、羊や肉、乳製品の外国貿易が盛んになりました。1890年代までには、民主主義にのっとった議会制度による政府が設立され、ニュージーランドの社会制度が現在あるような形に制定されました。1893年には女性にも選挙権が与えられ、20世紀になると様々な社会改革の結果、現在の福祉国家としての基礎が築かれました。
マオリ族は次第にミッション系やヨーロッパ移民と結婚するようになり、ヨーロッパ文化に慣れ
親しみ、人口をもとのレベルまで回復させました。ここ2〜30年は、マオリ族は文明化され、文
化活動や政治活動にも積極的に参加するようになりました。
今日、ニュージーランドは社会的にも地理的にも興味深い対比の見られる国です。公共の輸送機関があまり発達していない一方、近代的で革新的なビジネスコミュニティーも見られます。経済は主に放牧や穀物、ランなどの農業に頼っていますが、一方では旅行業や教育産業も盛んです。手つかずの自然が残るビーチや山、湖や川がある一方で、洗練された食事やナイトクラブ、カフェなどもあります。特にオークランドには、昔ながらのキウイ文化と並んで、さまざまな文化のマーケットやお店、レストラン、アート、民芸品やエンターテイメン卜を楽しむことができます。 |